先日のコラム『初任給引き上げの“真の動き”を捉える―横並びが崩れた構造変化と徳島の初任給分析』では、最新の初任給データを整理し、全国・徳島ともに賃上げの状況が鮮明となりました。
では、そのような賃金環境の中で、急速に進むAIテクノロジーはどのように影響するのでしょうか。本章では、まず海外の動きを参考にしながら、生成AIが「若手が最初に経験する業務」をどのように変えつつあるのかを見ていきます。さらに、今後AIに置き換わりやすい仕事、人だからこそ価値を発揮できる仕事とは何か。そして、それらの変化が新卒採用や学生のキャリア選択にどんな影響を与えそうか、一つずつ考えていきます。
AIの進化と雇用の現状 ―AIの進化で、まず影響を受けるのは若手?
近年、生成AIの普及が急速に進む中で、「採用は今後どう変わるのか」という不安の声を耳にする機会が増えてきました。 実は、AIの進歩で一番先に影響を受けるのは、新卒など若年層であるとも言われています。
AIと雇用の現状を見てみると、すでに海外では生成AIの影響で大規模なリストラが増えていると報告されています。コンサルティング大手アクセンチュアは、AIでの業務効率化を追求していくとし、25年8月末までの四半期で従業員数を1万人超減らしました。
一方で、オーストラリア最大手のコモンウェルス銀行では2025年7月末、コールセンター業務にAIを導入したことで不要になった人員を解雇すると公表しましたが、翌月には方針を撤回。AIに代替するためにリストラをした結果コールセンターがパンクしたとのことで、やはり人でなければうまく回らない仕事もあるようです。このような状況から、いまだ「AIと人の最適な分担」を模索する段階といえるでしょう。
そんな中アメリカでは、2025年度の大学卒業者の失業率が近年最悪レベルまで悪化しており、これは「AI普及による新卒就職氷河期 」と報道されました。
背景の一つが、ホワイトカラーの若手社員が担う業務がAIに置き換えられやすいという点です。データ整理や資料作成といった、若手社員の登竜門的な仕事がAIに担われつつあるのです。
日本でもリストラは進んでいないものの、都市銀行をはじめAIの導入による採用数の抑制が見られ始めています。
一方で、ここ数年初任給は全体的にも金額的にも引上げが続いており、企業は「どのような人材に投資すべきか」を改めて問われるようになりました。AI技術の進歩は非常に速く、今後の雇用情勢はこれまで以上に変化が大きくなると考えられます。
AI進出により考えられる雇用情勢の変化
◎ホワイトカラーはAIで人員削減が進む…事務職の新卒採用は競争倍率が高まる可能性
単純な入力業務などの事務職は、AIに置き換えられやすいと見られています。
そのため社会に求められるようになるのは、コンサル提案やAIを使ったうえでの分析業務など、ホワイトカラーの中でもより高度な業務になると考えられます。
比較的簡単な事務処理は、それこそ新卒のキャリアスタートとしてとりかかるような仕事です。その仕事がなくなると、初めからより実務的な能力のある新卒人材が評価されるようになるのではないでしょうか。
採用面接でよく問われる「学生生活で何を学んだか(いわゆるガクチカ)」という質問からも、従来学生生活で得た学びや成長が評価されてきましたが、今後はそれだけでは足らず、インターシップなどで早い段階から社会と通じ、専門的・実務的な能力を有した学生が必要とされるような採用となる可能性があります。
そのため、実務に近い専門知識を身に着けた一部の学生に高待遇のオファーが集中する一方、従来であれば「優秀」と評価されていた層でも、競争が激化し、給与や条件面で希望が通りにくくなる――そんな構造的なミスマッチが起こるおそれがあります。
◎あらためて「人にしかできない仕事」に価値が生まれる
現場作業を伴う建設業は、現場状況による臨機応変な判断や技術が必要であり、AIに置き換わりにくいと言われています。また、医療・福祉、高度なサービスを提供するようなホテル・飲食など、人の感性や心配りが必要となる仕事は、相対的に価値が高まりやすいと考えられます。
すでにアメリカでは現場作業の価値が高まっているといい、「ブルーワーカービリオネア」という言葉が生まれ話題になりました。これは配管工などいわゆるブルーカラーの仕事についている方が資産を築き富裕層となるケース増加していることを指し、AI進出によりホワイトカラーの仕事の需要が減る一方、現場作業の仕事に価値が高まっていることを示しています。こういった話はアメリカ特有のものではなく、日本でも同様の流れが到来する可能性は充分あると考えられます。
ブルーワーカーやケアワーカーの価値が高まり、認められるようになることは社会活動を回していくうえで必要不可欠です。もし、ブルーワーカーやケアワーカーが増えない未来があるとするならば、介護や育児などのケアの部分がより家庭内で完結する必要がでてきます。少子高齢社会の今、労働力不足に拍車をかけることになってしまいます。また、最低限の社会インフラもままならなくなってしまうかもしれません。
日本では大学進学数が毎年過去最大を更新し、「良い大学に入り、ホワイトカラーを目指す」という進路が、ほぼ“標準ルート”として定着しています。結果として、若年人口の多くがホワイトカラー職への就職を前提に進学する構造が続いています。

2024年は59.1%となりました。2015年以降、毎年過去最高を更新し続けています。
今の学歴社会では、学力が伸びづらい若者であっても、高学歴を目指すために多額の教育投資を行い、自分に合わないホワイトカラー職を探し続けるという例も少なくありません。これは「学歴重視」の価値観が生み出しているミスマッチだと感じます。こうした長く根付いてきた構造や社会の価値観ですが、AIの介入によりある程度反転する可能性もあると思います。 学歴だけでなく多様な働き方やスキルが認められ、それぞれの強みが社会に生かされる環境が整えば、安定した収入やキャリアの選択肢が広がる社会に近づいていくはずです。
「AIに仕事を奪われる」というネガティブイメージが先行しがちですが、見方を変えると社会に必要不可欠であるケアワーカー・ブルーワーカーもしっかりと対価を得られる、そういった価値観が醸成される契機になり得ます。AI技術の進歩は目まぐるしく、今後どのような形で社会や働き方に影響が広がるかを正確に予測することは困難です。 ただもしかすると、AIの普及により企業も個人も価値観を転換すべきタイミングがすぐそこに迫っているのかもしれません。
【参考】
日経ビジネス
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00801/102000005/?n_cid=nbpnb_mled_pre
DIAMOND オンライン
https://diamond.jp/articles/-/371038